「欧米型」増え治療法に幅
私は8年以上も前から、子どもたちにがんを教える必要性を訴え、全国の60カ所以上の学校でがんの授業を実施してきました。そして、文部科学省も大きく舵(かじ)を切り、2017年度から全国の小中高校で「がん教育」が始まります。
私が実践してきた授業では事前事後にアンケートをとってきました。子どもたちは、がん治療は外科手術だというイメージを持っています。誰に習ったわけでもないでしょうから、マスメディアの影響が大きいと思います。たしかにテレビドラマでは、がんなどの難しい病気は手術室で治すという設定になっていることがほとんどです。
日本のがんの代表は長い間、胃がんだった点も、そうしたイメージができた理由の一つではないかと思っています。実際、50年前は日本男性のがん死亡の半分以上が胃がんでした。胃は全摘出できる例外的な臓器ですので、胃がんは非常に手術向きです。
胃は食べた物をいったん蓄えて小腸が消化しやすいように送り出す調節機能を担っています。全摘出手術を受けても命に別条はないのです。しかも、おなかを開けると真っ先に出てくるので、手術するのにもってこいの臓器といえます。乳房や子宮も全摘出が可能ですが、これは授乳や出産に役割が限られているからで、心臓や肝臓といった一生使う臓器をすべて取り除くことはできません。
日本では、がんの多くが胃がんだった時代が長く続いたことから、がんは手術で治療するという構図が生まれたように思います。医学の世界でも、これまでは外科医ががん診療の主役でしたから、がんと診断された患者さんは外科医にかかるのが当たり前でした。
ところが、ピロリ菌の感染率が減って胃がんが減り、肺がん、乳がん、前立腺がん、大腸がんなどの欧米型のがんが増えると、治療は手術だと割り切ることはできなくなります。手術以外にも放射線治療や薬物療法も重要になるからです。白血病などを除く「固形がん」の完治には、手術または放射線治療が欠かせません。現在、多くのがんで手術と放射線治療で同じくらいの治癒率が得られます。今や、がん治療は選べる時代となったのです。
2015/11/05 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一