通院で費用安い放射線治療
放射線治療の利点をさらに紹介します。首や喉、肺、食道、子宮頸(けい)部、前立腺などさまざまな部位にできるがんで、放射線は手術と同じくらいの治癒率をもたらします。多くの場合、患者は通院で治療を受けられ、費用も手術より安く済みます。
たとえば、早期の肺がんは4日間のピンポイント照射で医療費は70万円弱ですが、入院して手術をすれば費用は2倍から3倍になります。前回紹介したように、粒子線治療以外の放射線治療は健康保険が使えますので、自己負担額は3割以下になります。また、医療費がかさんだ場合、1カ月当たりの医療費の自己負担額の上限を定めた高額療養費制度もあります。
入院しなければ、高額な差額ベッド代は不要です。仕事を続けながら治療を受けることもできます。私がお手伝いしている東京都江戸川区の病院では、午後10時まで放射線治療を実施しています。患者がフルタイムで仕事をした後でも治療が受けられるようにという配慮です。
会社員ががんにかかると3人に1人が離職し、平均年収も約395万円から167万円に減るというデータもあります。「夜間治療」では仕事にはほとんど支障は出ないはずです。勤務後の疲れた体でも受けられるほど、放射線治療は肉体的負担が少ないともいえるでしょう。
厚生労働省は今年10月、2013年度の国民医療費が前年度より2・2%増えて40兆610億円になったと発表しました。このうち放射線治療にかかる医療費は1200億円あまりと全体の0・3%にすぎません。日本での医薬品の売り上げ1位は血液をサラサラにして脳梗塞などを防ぐ抗血小板薬で、年間売上高は約1300億円です。放射線治療全体の医療費は、1つの医薬品の売上高とほとんど同じです。
放射線治療は早期がんから進行がんまでオールラウンドに使えます。また、がんを治すだけでなく、症状を癒やす点でも優れます。1回の照射で骨転移による痛みを取ったり、脳転移によるまひをなくしたりすることも可能です。ただ、がん患者のうち放射線治療を受けている割合は約3割と、欧米の半分程度にとどまります。今後の普及を大いに期待しています。
2015/12/10 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一