放射線治療、短期通院で
放射線治療は手術と違い、外来通院が基本です。以前はがんの完治を目指す放射線治療をする場合、通常1~2カ月の通院が必要でした。もちろん今でもそれだけの治療回数が必要なケースも少なくありません。しかし一部のがんでは、治療期間を大幅に短縮できるようになっています。
その代表が早期の肺がんに対する「定位放射線治療」です。がんの病巣に高線量の放射線をピンポイントに集中させて、短期間で治療する高精度照射法です。私が所属する東大病院放射線治療部門では、4回の外来通院で、手術と同程度の効果をあげています。そして前立腺がんに対しても、この定位放射線治療が行えるようになっています。
前立腺がんは近年増加傾向が明らかで、2016年の罹患(りかん)推計数では胃がんを抜いて男性の第1位(9万2600人)とされています。前立腺がんは高齢者に多く、メスを入れずにがんを治すことができる放射線治療の役割は大きくなっています。
しかし、これまでは平日に毎日通院して計36~39回の照射を受ける必要がありました。実際、放射線治療を受けたいのに、長期間の通院ができないために手術を選択された患者さんをこれまで何人も診てきました。
ついに16年4月から、前立腺がんでも定位放射線治療が保険適用となりました。当部門の場合、計5回の通院で治療が完了し、1回の照射時間は2分以内です。治療成績もこれまでの治療法と遜色ないという研究結果が海外を中心に出始めています。
なお、前立腺のすぐ後ろに接している直腸に放射線が当たりすぎると出血などの副作用が発生することがあります。当部門では、直腸と前立腺の間にゲル剤を注入してスペースを広げ、直腸の被曝(ひばく)線量を減らす臨床試験も定位放射線治療とセットで行っています。注入したゲル剤は半年程度で吸収され、人体に影響はありません。
定位放射線治療は、長期の通院が困難だった前立腺がん患者にとって、新たな選択肢となり、仕事とがん治療の両立にも寄与するはずです。欧米ではがん患者の6割が放射線治療を受けていますが、日本では約3割にとどまります。これからも情報発信に努めていきたいと思います。
2017/08/10 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一