経済的な定位放射線治療
大量の放射線量をがん病巣に集中させて数回の治療で手術なみの効果を得る「定位放射線治療」は、転移性脳腫瘍に対する「ガンマナイフ」から始まりました。腫瘍の呼吸に伴う病巣の移動の問題なども克服し、早期の肺がんや肝臓がんもこの治療の対象となってきました。
東大病院の放射線治療部門では、局所の進行度を問わず前立腺がんを5回の照射で治療しています。1回の照射時間は90秒程度にすぎません。
従来は40回近い通院が必要でしたから、定位照射によるメリットは計り知れません。放射線治療は「働きながらがんを治す」ための切り札と言ってよいと思います。
磁気共鳴画像装置(MRI)と放射線治療装置を組み合わせた「MRI―リニアック」の登場により膵臓(すいぞう)がんなどの定位照射も視野に入っています。
定位放射線治療は、治療費の自己負担分を支払う患者、残りの費用を負担する健保組合、協会けんぽなどの「保険者」、収益も必要な病院側の三者にそれぞれにメリットをもたらします。
ここで前立腺がんを例にして説明していきます。東大病院でも以前は38回の通院で放射線治療を行っていましたが、その費用は全体で130万円程度でした。しかし、現在の5回の定位放射線治療では全体で63万円と従来の治療法の約半分になります。放射線治療の99%が保険の対象ですが、3割負担とすると、自己負担は約40万円と20万円程度と大きな違いがあります。
さらに、保険医療には高額療養費制度があり、各月の自己負担には上限が決まっています。例えば、標準的な所得のサラリーマンの場合、支払いは月額8万円余りで済むことになります。38回の通院の場合、治療期間が月をまたいで3カ月になることもありますが、定位放射線治療では1カ月分の負担8万円程度で済む場合も多くなります。
患者さんが支払った残りの医療費は保険者が負担することになりますが、こちらの金額も定位放射線治療ではずっと少なくなります。
病院にとっては、患者あたりの収益は減りますが、より多くの患者に高精度治療を提供でき、全体の収支を良くするチャンスになります。まさに、「三方一両得」です。
2020/02/26 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一