放射線治療 働く高齢者支える
がんは日本人男性の3人に2人が、女性でも2人に1人が罹患(りかん)する身近な病気です。そして、治療方法によっては体への負担が大きくなるだけでなく、日常生活にも大きな影響をおよぼすことがあります。病状はもちろん、仕事や生活に合わせた適切な治療法を選択することが大事です。
手術、放射線療法、薬物療法が、がんの3大治療ですが、最近では、治療装置などの進歩で、放射線治療の精度が格段に向上しています。
仮に放射線を病巣にだけ、完全に集中できれば、正常細胞への影響を皆無にしたまま、無限量の照射ができます。昨今は、この理想型が、かなりの程度まで実現されつつあり、「体への負担だけでなく、生活や仕事への影響も少ない治療法」として注目を集めています。ところが、欧米ではがん患者の5〜6割が放射線照射を受けているのに、日本では2〜3割程度にとどまっているのが現状です。
こうしたなか、日本放射線腫瘍学会は、健康な20歳以上80歳未満の男女約3000人と、前立腺がん患者約200人を対象に「がん治療と仕事・生活などに関する意識調査」を実施しました。なお、前立腺がんは、手術と放射線治療の有効性が同様とされている多くのがんの一つです。
調査結果で注目すべきなのは、自営業・パートタイム・アルバイトで働いていた前立腺がん患者のうち、手術を受けた患者では、41%で年収が低下したのに対して、放射線治療を選んだ患者では、16%にすぎなかった点です。自営業やパートの人に限ると、放射線治療を選ぶことで、有意に減収が少ないことが分かったのです。
会社員では治療による減収に有意な差はありませんでしたが、仕事を休んでも一定期間は給与が保証されますから当然です。その点、セーフティーネットが乏しい層では、がん治療のため入院すれば収入が下がります。通院で治療できる放射線治療では、減収を避けられることが示されたことになります。
東大病院の場合、前立腺がんの放射線治療は、1回の照射時間わずか100秒で、5回の通院で終わります。働く高齢者が増えるなか、放射線治療は治療と仕事の両立を支える力強い武器です。
2020/09/16 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一