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公益社団法人日本放射線腫瘍学会

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隔世の感がある放射線治療

謹賀新年。今回は、私が放射線治療医をめざした理由を披露したいと思います。

医者には、がんに関心がある人とそうでない人がいるようです。私は学生の頃から、ずっと「がん派」でした。

国家試験の後は、画像診断の道に進むつもりで、東大病院放射線科に入局しました。

しかし、学生の頃には「ゴール」と思っていたがんの診断が、臨床現場では「スタート」だと分かりました。

放射線科に入局したものの、画像診断への関心が薄れるなかで出会ったのが、「がんの放射線治療」でした。

80年代後半は、がんの拡大切除が一世風靡した時代でした。

例えば、乳がんの治療では、今は、がんの部分のみ切除して、乳房全体に放射線を照射する「乳房温存療法」が主流ですが、当時は「拡大乳房全摘術」が行われていました。乳房全体と大胸筋、小胸筋の全摘に加えて、脇の下、首の付け根、さらに、胸骨の周りのリンパ節も取り除いていました。

手術後に放射線治療(術後照射)を行うことも多く、手術後の乳がん患者と話す機会もずいぶんありましたが、乳房再建術などなかった時代です。「鏡を見ることが怖い」、「温泉に入れない」、「子供に泣かれた」といった訴えをよく耳にしたものでした。

ともかく、「命さえ助かれば文句は言うな」といった「上から目線」の医師も多かったと思います。

そもそも、がんは「死の病」で、告知も行われていませんでした。医師と患者間の「情報の非対称性」が顕著で、意思決定に患者・家族が関与することはほとんどなかったと思います。

放射線治療で完治をめざせたのは、喉頭がん、子宮頸(けい)がんなどの少数の例外を除くと、ほとんどありませんでした。今、前立腺がんが放射線治療の対象として、最上位にいますが、当時、治療した覚えはありません。

ただ、欧米では、すでにその頃、放射線治療が台頭する気配がありました。手術向きのがんの代表の胃がんが減少して、乳がんや前立腺がんといった放射線治療が有効ながんが増え始めていました。日本でも、「がんの欧米化」が必ず起きるはずだと思っていましたから、迷わず、放射線治療を選びました。

その予感は的中しました。今や、前立腺がんの患者のなかには、ネットなどで情報を集めて、自ら、放射線治療を選ぶ人も増えています。東大病院での前立腺がんの治療件数は、2020年に、初めて放射線治療が手術を上回りました。全く、隔世の感です。

次回も放射線治療のメリットを解説したいと思います。

2022/01/05 日本経済新聞 『がん社会を診る』
東京大学病院准教授 中川恵一

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