No.287
DNA損傷ストレスで誘導される微小核のプロテオーム全体像
The proteomic landscape of genotoxic stress-induced micronuclei MacDonald KM, Khan S, Lin B, Hurren R, Schimmer AD, Kislinger T, Harding SM.
Mol Cell, 2024, 84(7):1377-1391.e6. doi: 10.1016/j.molcel.2024.02.001.
この研究のポイント
微小核(Micronuclei, MN)は、有糸分裂異常や未修復のDNA損傷によって形成される、細胞質内に位置する小型の核様構造体である。MNは、DNA損傷応答経路の異常活性化、自然免疫系の誤作動、さらにはクロモスリプシス*1を介したゲノム不安定化など、多様な細胞ストレス応答を誘導し、がんの発生や進展、治療抵抗性に深く関与することが示唆されている。しかし、MNがどのようなタンパク質群を持ち、それが細胞機能にどう影響するかについては十分に解明されていない。本研究では、放射線をおよび複数のDNA損傷誘導剤により誘導されたMNについて、網羅的プロテオーム解析を行い、その共通性とストレス依存的な違いを明らかにすることで、MNの構造的・機能的本質を包括的に捉えた。
本研究の概要
ヒト乳腺由来MCF10A細胞と子宮頸がん由来HeLa細胞に対して、6種の方法(DMSO処理対照群、10GyのX線照射、細胞分裂阻害剤(Taxol)*2、アルキル化剤(MMS)*3、複製ストレス誘導剤(HU)*4、転写阻害剤(DRB)*5)によりDNA損傷を引き起こし、誘導されたMN、細胞核、細胞質をそれぞれ分画し、タンパク質を抽出した。これらのサンプルを質量分析し、これら細胞内画分ごとのタンパク質分布と機能的差異を比較評価検討した。解析の結果、全てのMNは一次核および細胞質とは異なるプロテオームを有し、特にスプライソソーム*6構成因子、DNA損傷修復タンパク質、転写複合体といった核機能に関与する因子が顕著に欠如していた一方で、レプリソーム*7関連タンパク質や酸化的リン酸化系、自然免疫応答関連因子(例:cGAS)などが選択的に蓄積していた(共通コア・プロテオーム)。また、POLGやSSBP1といったミトコンドリアDNA結合タンパク質もMN内に取り込まれ、MN膜が破綻するまではその内部に保持されることが確認された(ミトコンドリア由来因子)。さらに、スプライシング因子(SRSF1, SF3B1)の欠如と転写活性の共存は、MN内におけるDNA断片化(γH2AX)を引き起こすことが示され、この損傷はクロモプリシスの先行イベントと考えられる。特に、DMSOおよび転写阻害剤DRBによって形成された転写活性MNでは、スプライシング阻害剤やスプライシング因子のsiRNAノックダウンによって、MN内DNAの破綻が顕著に増加した。一方で、HUによって形成されたMNでは、レプリソーム構成因子が豊富に存在し、複製依存的な損傷によってγH2AX陽性化が引き起こされることが確認された(ストレス依存性)。
結論
異なるストレス条件で形成されたMNが共通のコア・プロテオームを持ちながら、構成タンパク質の微細な違いによってDNA断片化などの機能的脆弱性を示すことを明らかにした。特にスプライソソームの欠如と転写活性の不均衡は、MN内のDNA損傷と娘細胞へのγH2AX伝播に関与する。これらの知見は、MNの質的構成が細胞機能に影響を及ぼす可能性を示すが、クロモスリプシスとの直接的な因果関係は今後の検証課題である。
感想
ミクロン核の質的違いとクロモスリプシスの関係が解明されれば、放射線治療後に生じるゲノム再構成リスクを予測・制御する手がかりとなる。将来的には、MNの構成を標的とした併用療法により、治療効果の向上と再発抑制が期待される。
羽澤勝治・金沢大学(生物部会・学術WG)
注)
- *1 クロモスリプシス(chromothripsis)とは、染色体が一度バラバラに壊れてしまい、それがランダムに再構成される現象。がんの原因になるような遺伝子の異常(増幅・欠損・転座など)を引き起こす原因となる。
- *2 細胞分裂阻害剤(Taxol)は、細胞分裂期における染色体分配を制御する微小管構造を強固に安定化させることで、細胞分裂を強制的に停止させる薬剤。
- *3 アルキル化剤(MMS:メチルメタンスルホン酸)は、DNA塩基に化学的なアルキル基を付けることで、修復困難なDNA損傷を引き起こす薬剤。
- *4 複製ストレス誘導剤(HU:ヒドロキシウレアは、DNA合成に必要なヌクレオチドを作る酵素を阻害し、DNA複製を阻害する薬剤。
- *5 転写阻害剤(DRB:5,6-ジクロロ-1-β-D-リボフラノシルベンゾイミダゾールは、転写の基本酵素であるRNAポリメラーゼIIの働きを阻害する薬剤。
- *6 スプライソソームは遺伝子から作られたRNAの中で不要な部分(イントロン)を切り取り、必要な情報だけをつなげる酵素複合体。スプライソソームの機能不全は、異常なRNAやタンパク質が蓄積し、細胞のストレス応答やDNA損傷を引き起こす。
- *7 レプリソームはDNA複製過程で生じるDNAの立体障害を解消する酵素複合体。この働きが乱れると、複製エラーやDNA損傷が起こりやすくなり、ゲノム不安定性を引き起こす。