No.288
急性低酸素はFLASH放射線治療に対する感受性に影響しない
Acute hypoxia does not alter tumor sensitivity to FLASH radiation therapy
Ron J Leavitt, Aymeric Almeida, Veljko Grilj, Pierre Montay-Gruel, Céline Godfroid, Benoit Petit, Claude Bailat, Charles L Limoli, Marie-Catherine Vozenin Int J Radiat Oncol Biol Phys., 2024, 119(5):1493-1505. doi: 10.1016/j.ijrobp.2024.02.015.
この研究のポイント
FLASH放射線治療は、40 Gy/秒を超える超高線量率照射法であり、正常組織を保護しつつ抗腫瘍効果を維持できる革新的技術である。本研究では、急性低酸素環境がFLASH照射に対する腫瘍の放射線感受性に与える影響をマウス腫瘍モデルで検討した。その結果、通常の線量率では低酸素により感受性が低下する一方、FLASHでは影響を受けず、低酸素環境下でも抗腫瘍効果が維持されることが示された。また、FLASHはリボソーム機能や翻訳の抑制を介して、細胞周期を強く制御し得ることが示唆された。
本研究の概要
本研究では、ヒトグリオーマ細胞株であるU-87 MGを用いてマウス右側腹部に皮下移植腫瘍を作製し、急性低酸素環境下におけるFLASH放射線治療の有効性を検討した。6 MeV電子線を用いた単回20 Gyの照射では、FLASHの平均線量率は100 Gy/秒とした。急性低酸素は、腫瘍血管の一時的クランプにより照射前・中に酸素供給を遮断することで誘導された。照射後の腫瘍増殖およびマウスの生存率を評価した結果、通常線量率照射(CONV)では、急性低酸素により放射線感受性が有意に低下したが、FLASHではその影響が見られず、抗腫瘍効果は維持された。さらに、腫瘍内酸素化を促すため、carbogen(酸素95%、CO₂ 5%)を吸入させた群では、CONV・FLASHともに腫瘍抑制効果が強化された。RNAシークエンシングによる遺伝子発現解析では、FLASH放射線治療により細胞周期、リボソーム、HIF1シグナル伝達経路に顕著な変化が見られた。細胞周期やDNA修復に関連する遺伝子群は、腫瘍増殖遅延条件下で発現が低下していたが、FLASHでは特にその抑制が顕著であった。さらに、リボソーム機能や翻訳に関する経路はFLASH特異的に抑制され、特に急性低酸素環境下では、CONVと比較して、mRNAプロセシングやタンパク質のターンオーバーに関連する遺伝子群の発現が抑制されていた。また、FLASHではHIF1経路および解糖系が活性化し、酸化的リン酸化関連遺伝子が抑制された。これらの代謝変化に注目し、MEK阻害作用と解糖系抑制作用をもつトラメチニブをFLASHと併用したところ、腫瘍再発が遅延し、生存率が改善された。これは解糖系優位な代謝状態を是正することで、FLASHの治療効果をさらに強化できる可能性を示している。
結論
本研究は、急性低酸素環境下においてもFLASH放射線治療の抗腫瘍効果が維持されることを明らかにし、低酸素性腫瘍に対する治療法としてのFLASHの優位性を示した初の研究である。また、代謝経路に着目したトラメチニブとの併用により、治療効果のさらなる向上が可能であることを示唆した点でも、今後の臨床応用に重要な示唆を与える。
感想
本研究では、急性低酸素環境がFLASHの抗腫瘍効果にほとんど影響を与えないことが明らかとなった。これまでFLASHは主に正常組織保護の観点から注目されていたが、本研究により抗腫瘍効果の観点からも大きな可能性が示された。特に放射線抵抗性を示す低酸素腫瘍において、FLASHの有効性が示された意義は大きい。今後は、慢性低酸素環境下における影響や、トラメチニブ以外の代謝介入との併用効果についても検討が期待される。
戒田篤志 東京科学大学(生物部会・学術WG)