No.257
Parp1は睡眠を促進し、神経でのDNA修復を増強する
Parp1 promotes sleep, which enhances DNA repair in neurons Zada D, Sela Y, Matosevich N, Monsonego A, Lerer-Goldstein T, Nir Y, Appelbaum L.
Molecular Cell 81, 1-15, December 2021
背景
本論文の根底にある問いは「動物は何のために眠るのか」というものである。睡眠が妨げられると神経発生疾患、神経変性疾患などが引き起こされることから、睡眠は神経の回復に必要と考えられる。しかし、神経の何の回復が行われるのかは十分に明らかになっていない。本論文は神経におけるDNA損傷に注目し、この根源的な問いに一つの答えを提示するものである。
方法
本研究では主にゼブラフィッシュの受精後5-6日後の稚魚を用いた。飼育は24ウェルプレート中で、基本的に照明点灯(昼)14時間、消灯(夜)10時間のサイクルで行った。ゼブラフィッシュの動きをビデオ録画して、ソフトウェアで解析し、覚醒、睡眠状態を判定した。睡眠を司る背側の大脳皮質に注目し、DNA損傷(DNA二本鎖切断)はγ-H2AX抗体を用いた蛍光免疫染色法にて可視化した。また、Ku80-EGFP、DsRed-Rad52融合タンパク質遺伝子を持つトランスジェニック個体を用いて、これらの分子の損傷部位への集積を可視化した。さらに、channel-rhodopsin 2 (ChR2)遺伝子を発現するトランスジェニック個体を用いた光遺伝学的実験を行った。
結果
主な結果は以下の通りである。
1)昼の早い時間(4時間)に比べ夜になる直前(14時間)ではγ-H2AXのフォーカス数の増加が認められた。夜の時間を6時間以上にするとγ-H2AXのフォーカス数が前日昼4時間と同等まで回復した。一方、夜の時間が2、4時間の場合、γ-H2AXのフォーカス数は全くあるいはほとんど減少しなかった。これと呼応して、夜の時間が2、4時間の場合、基準のサイクルに比べて、続く昼間における睡眠時間割合の増加が認められた。神経活動を亢進させるpentylenetetrazole (PTZ)、光遺伝学刺激、紫外線照射によって、γ-H2AXフォーカス数と睡眠時間割合の増加が認められた。これらの結果から、日中の神経活動に伴ってDNA損傷が生じ、睡眠中に回復すること、また、DNA損傷の回復が十分な睡眠量を規定することが示唆された。
2)昼に比べて夜にKu80、Rad52のフォーカスが顕著に見られた。また、睡眠を阻害するとその時間にKu80、Rad52のフォーカスの増加が見られず、一方で、翌日の昼に増加が見られた。PTZ処理でもこれらのフォーカスの増加が認められた。これらの結果から、睡眠中においては非相同末端結合(NHEJ)、相同組換え(HR)によるDNA二本鎖切断修復機能が高まっていることが示唆された。また、Lap2βを過剰発現することによってDNA修復を阻害すると睡眠時間割合の増加が認められた。
3)Parp1のフォーカスが昼の早い時間に比べ夜になる直前で増加が見られた。通常のサイクルでは夜の間に減少したが、睡眠を阻害するとさらに増加した。Parp1を強制発現すると昼間の睡眠時間割合が増加し、逆にParp1阻害剤(NU1025)処理によって夜間の睡眠時間割合が減少した。UV、光遺伝学刺激などによる睡眠時間割合の増加はParp1阻害剤処理で抑制された。これらの結果から、Parp1がDNA損傷に応じて睡眠を促進することが示唆された。なお、マウスにおいてもParp1阻害剤によるノンレム睡眠の減少が示されている。
結論
昼間(覚醒中)の神経活動に伴うDNA損傷が睡眠の誘因である。Parp1がDNA損傷を感知し、睡眠を促進する。
コメント
「動物は何のために眠るのか」という根源的な問いに対して、神経活動に伴って生じたDNA損傷を回復するためであるという可能性とParp1の関与を示唆した非常に興味深い論文である。一方で疑問や今後の課題も多い。ここで見られたKu80、Rad52の局在変化は本当にDNA損傷部位への集積なのか。また、HRはS期からG2期にかけて機能すると考えられているが、この分化した細胞系でのRad52の局在変化はHR機能に関係するものなのか。最大のミステリーはParp1がどのようにして睡眠を促進するかであろう。本論文で示唆された睡眠とDNA修復との結びつきは、がん治療における放射線照射や薬剤投与のタイミング、宇宙飛行士の被ばく影響評価などにおいても重要と思われる。
(生物部会・学術WG 東京工業大学・松本義久)