No.252
治療によって誘導される細胞老化が骨損失を促進する
Therapy-Induced Senescence Drives Bone Loss
Zhangting Yao et al.
Cancer Research. 2020,80(5):1171-1182, DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-19-2348.
背景
化学療法や放射線療法による急性毒性として骨の損失は重大な問題である。現在までこの治療処置による骨減少にはエストロゲン減少が寄与すると考えられてきた。本研究ではがん治療で誘導する骨の損失に関して、マウスを用いてエストロゲン減少と細胞老化の関与の度合いを評価するとともに、さらにその制御法について検討した。
方法
FVB/NJマウスとB57BL/6マウスに対してドキソルビシン(DOX 5mg/kg 週1回x4週)、パクリタキセル(PTX 10mg/kg 週1回x6週)ならびに放射線(IR 20Gy1回照射)の処置を行い、一週間後に骨の損失として、大腿骨の骨量に対する骨梁比(Tb BV/TV)、皮質骨幅(Cortical thickness)、三次元骨密度(vBMD)等のパラメーターをμCTにより計測すると共に、細胞老化の指標であるβGal染色を行い、細胞老化誘導関連分子p16,p21、HMGB1ならびにSASP因子(IL6、IGFBP4、CXCL2、MMP12)をRT-PCRによって測定した。
結果
DOX、PTXならびにIRの処置で、Tb BV/TVが20~40%低下する。これはFVB/NJマウスとB57BL/6マウスで見られ、系統に関係なく起きることが明らかとなった。この骨損失は卵巣摘出マウスを用いた実験から治療誘発エストロゲン減少の関与は小さいものであった。一方、βGal染色において細胞老化の顕著な増加が見られると共に、細胞老化誘導関連分子とSASP因子の発現増加が骨のCD45-非骨髄細胞/CD31-非内皮細胞において起きることが示され、骨損失に骨細胞の細胞老化の関与が示唆された。さらに細胞老化誘導に重要なp16を発現する細胞をAP20187投与によりアポトーシス誘導を起こす様に設計されたINK ATTACトランスジェニックマウスを用いた実験を行った。その結果、治療によって誘導された老化細胞を除去する条件ではTb BV/TV減少と破骨細胞の増加が抑制されることが明らかとなった。さらに細胞老化誘導に関与するシグナル伝達系であるp38MAPKとMK2に対する阻害剤を処置すると、それぞれの阻害剤がこのTb BV/TVの減少が有意に阻害することも示された。これはp38MAPK/MK2が関与する細胞老化の増大が治療による骨の損失の原因となっていることを強く示している。
結論
化学療法や放射線療法によって誘発される細胞老化が骨の損失に強く関与し、この骨量減少は細胞老化の除去あるいは細胞老化誘導に関与するp38MAPKまたはMK2の阻害剤の処置によって抑制される。これらの知見は、治療誘発性の骨の損失の防止方法の開発につながる可能性があり、がん生存者のQOLを大幅に向上できる可能性がある。
コメント
放射線療法における骨の損失は古くから多くの研究報告があり、重要な副作用として注目を集めてきた。本研究において、治療による骨損失は旧来から考えられていたエストロゲン減少が主要な原因ではなく、細胞老化の増加がその大きな原因である事を初めて実験的に示された。特に、老化細胞誘導に関与するp38MAPK/MK2を標的とする阻害剤によって、老化した細胞を除去することで骨の損失を抑制できる知見は、がん治療にともなう骨の損失を防止する臨床応用において重要であると考えられる。また、近年、ヒトの老化細胞の生存に不可欠な遺伝子としてグルタミナーゼ1(GLS1)が同定されたことから(Johmura et al., Science, 371: 265, 2021)、グルタミノリシスの面からもこうした副作用を制御できる可能性があると考えられる。
北海道大学・稲波 修(生物部会学術WG)