No.198
多領域の塩基配列の決定によって明らかになった腫瘍内不均一性と分岐進化
Intratumor heterogeneity and branched evolution revealed by multiregion sequencing.
Gerlinger M, Rowan AJ, Horswell S, et al.
N Engl J Med. 2012 Mar 8;366(10):883-892.
背景
腫瘍内不均一性は腫瘍の進化と適応を助長する可能性があり、単一の腫瘍生検検体の解析結果に依存するオーダーメイド医療戦略を妨げるおそれがある。
方法
腫瘍内不均一性を検討するために、原発性腎癌およびその転移部位から採取した空間的に離れた複数の検体を用いて、エクソーム塩基配列決定、染色体異常解析、倍数性プロファイリングを行った。
免疫組織化学的解析、変異の機能解析、メッセンジャー RNA 発現プロファイリングを用いて、腫瘍内不均一性がもたらす影響を明らかにした。
結果
系統発生的再構築によって分岐進化的な腫瘍増殖が明らかとなり、体細胞変異の63~69%は、すべての腫瘍領域では検出されなかった。腫瘍内不均一性は、哺乳類ラパマイシン標的蛋白(mTOR)キナーゼの自己阻害ドメイン内の変異に認められ、in vivo では S6 と 4EBP のリン酸化に関連し、in vitro では mTOR キナーゼ活性の構成的活性化に関連していた。変異の腫瘍内不均一性は、機能喪失に収束する複数の腫瘍抑制遺伝子に認められた。SETD2、PTEN、KDM5C は、単一の腫瘍内で空間的に離れた複数の異なる不活性化変異を起こしており、収束的表現型の進化が示唆された。
予後良好と予後不良の遺伝子発現シグネチャーが同一腫瘍の異なる領域で検出された。アレル組成と倍数性のプロファイリング解析によって、腫瘍 4 個から得た腫瘍検体 30 検体中 26 検体に分岐したアレル不均衡プロファイルがみられ、腫瘍 4 個中 2 個に倍数性の不均一性が認められ、広範な腫瘍内不均一性が明らかとなった。
結論
原発巣である腎癌のうち隣接する領域でもかなり遺伝子発現が異なっていることが判明し、一概に「空間的に近距離だからといって遺伝子発現プロフィールも類似しているとは限らない」ことが明らかとなった。
腫瘍内不均一性は、単一の腫瘍生検検体から描かれる腫瘍ゲノミクスの全体像の過小評価をもたらす可能性があり、オーダーメイド医療とバイオマーカーの開発に大きな課題を呈すると考えられる。
腫瘍内不均一性は、不均一な蛋白機能とともに、腫瘍の適応と、ダーウィン淘汰による治療失敗を助長する可能性もある。進化生物学的には個体が形質を変化させるには短くても数千年、長ければ億年単位のレベルでの時間が必要となる。しかし、腫瘍細胞は内在するゲノム不安定性による遺伝子変異誘発性やエピジェネティックな変化による環境への高度な適応能力によって、短期間に進化を遂げて他の腫瘍細胞クローンと細胞競合して勝ち残ろうとする、「多重人格性」を有する、進化論的に最強の生物なのかもしれない。
問題点は、分子標的薬の安易な投与がこの「進化」を加速化している危険性があることである。この論文は、このように環境適応性の高い「腫瘍」という生物にどのようにして立ち向かうべきなのかを、われわれ研究者、臨床医は常に考え続けなければいけないという警笛を提示している様に思えた。
Evidence level: -
PMID: 22397650
(京都大学原子炉実験所・増永 慎一郎)